
インラインスケートの旅に挑戦!
ロングラン 500kmに挑戦
(無料本)
著者:ユキ ヤストコ
ジャンル
スポーツ/旅行記/エッセイ
キーワード
インラインスケート/旅/国内
閲覧タイプ
主な販売サイト(電子書籍版)
内容紹介
ぼくはテレビカメラが向けられている状況での「がんばり」は信じない。いや、がんばって「あたりまえ」というべきか。だれも注目していない状況でどれだけ自分の力が出せるかが、本当の自分の「がんばり」だと思う。このロングランもそういう意義で決行し幾度かの挫折を経て成し遂げた。 36歳の自分に自問自答したのである。
しかし。特別なことをしなくても毎日の平凡な暮らしの中でほとんどの人はみながんばっていて、大なり小なりのヤマを乗り越えている。スポットライトをあてればみな人生はドラマチックなのだ。
1992年12月、36歳のユキ ヤストコ氏は大阪府豊中市から島根県三隅町間、約500キロをインラインスケートで走破することを思い立つ! 苦難とあきらめ、復活……悲喜こもごもの道中を記録した冊子を電子書籍化!
〈目 次〉
- はしがき―20年を振り返って
- プロローグ
- 国道2号線を西へ
- 爪先を使うスケートを楽しむ
- 深夜雨中、側溝に左足を突っ込む
- アキレス腱を襲う苦痛に忍び寄る挫折感
- 痛みをこらえ岡山に到着
- 明日、スケート履けるだろうか?
- 国道2号線と違う道を走りたい
- ボクも大自然の一員なのだ
- 広島、島根の県境を行く
- 仲間、家族の笑顔が浮かぶ
- 明かりがないまま下り坂へ!
- 初体験……強烈ダウンヒル
- もうすぐゴールだ
- エピローグ
- インラインスケートについて
- 著者紹介・奥付
著者紹介
ユキ ヤストコ(本名:安床由紀夫)
1956年(昭和31年)2月大阪市出身。16歳で高校中退、ローラーゲーム「東京ボンバーズ」トレーニングスクール入門後、一貫してプロスケーターの道を邁進。1980年「アメリカンローラー81」専属プロに。以後10年間ローラーディスコ修行のため頻繁に渡米。1990年ミュージカル『スターライトエキスプレス』に出演、その間にローラースケート普及のため「THE GOOD SKATES JAPAN」を設立。2001年グッドスケート株式会社に名称を変更、法人化し代表取締役社長に就任。以後スケート施設運営、実技指導者育成、競技会、スケートスクール、スケートパフォーマンス開催など精力的に事業展開中。長男・栄人(えいと)氏、次男・武士(たけし)氏はともにプロスケーター。「ヤストコ・ブラザーズ」は世界のスケーターの憧憬の的となっている。