禅心の光芒(西村惠信)【禅文化研究所】

内容紹介

大胆不敵かと思えば如法綿密。随処に現われるナニモノにも囚われない自由闊達さ。中国・日本における数々の禅録の中から、そういった場面をピックアップして、仏心そして禅心をやさしく解説する。

「仏心宗」を標榜するわが禅宗は、祖師たちがそれぞれ自ら辛苦して得た仏心の内容を、仏祖の経典や語録を用いながら他者に伝えてきた“言動の集大成”である。そこにはいわゆる特定の固着した教義というものはない。それはいずれも祖師たちの自由闊達で深い禅心が、今も周囲の世間に向かって迸り出る光芒の記録なのである。

〈目 次〉

  • 第一章 仏心の宗教
    • 仏心宗/不立文字/実存思想の台頭/禅宗の初祖達摩大師/慧可、臂を断る/不倒翁/キリスト教徒の沈黙/二入四行論
  • 第二章 己事究明の仏道
    • デカルトの身心二元論/教えと別の伝え方/廓然無聖/眼は眼を見ず/仏心とは
  • 第三章 体究錬磨の彼方に
    • 宗教間対話の時代/体験の宗教/禅宗の独自性/一行三昧/坐禅の歌/生活信条/臨済の宗風/殺仏殺祖/体究錬磨せよ/祖師たちの苦行/脇、席に着けず/錐で股を刺す/円い枕/柱に凭れて眠る
  • 第四章 心は不可得である
    • 心はつかめない/心を求める誤り/心そのものが道である
  • 第五章 解放された心
    • 開放された心とは/空は、無ではない/一心とは/心を空ぜよ/達摩の一心/身も心も実体ではない
  • 第六章 天地を超える心
    • 栄西の禅/大いなる心/ハタラク心
  • 第七章 静寂主義の批判
    • 瓦を磨いて鏡にする/老婆、庵を焼き捨てる/四条大橋での坐禅
  • 第八章 頓修頓悟の禅
    • 執着心を捨てる/無分別たれ/初めての日本禅/看話禅の伝統/無字の公案/仏の四智/関門を透る
  • 第九章 真仏の所在
    • 庭前の柏樹子/真法に形なし/無位の真人
  • 第十章 悟りの彼方へ
    • 有限と無限を超える/有為と無為の彼方へ/百尺竿頭、進一步/百足虫の話/白隠の悟り/悟りを超える
  • 第十一章 仏否定の思想
    • 仏の拝み方/趙州の再行脚/地獄に入る/異類中行の思想/頓悟の思想/本来無一物/現実の絶対肯定/地獄はあるか/黄檗の一乗道
  • 第十二章 禅心の伝達
    • 以心伝心/心は伝えられない/真理の間接伝達/大燈国師の遺誡/七百年を経て今に
  • 第十三章 接化の手段
    • 鼻を捻じあげる/好雪片々
  • 第十四章 悟りは日常の中に
    • 悟りは日常のなかに/平常心是れ道/頓悟菩提/直心是れ道場/心のハタラキ
  • 第十五章 慈悲心の発露
    • 龐蘊居士/倒れた父を起こす/無縁の大悲/智増と悲増/慈悲の涙/人を助けて破門される
  • 第十六章 禅の民衆教化
    • 禅僧と民衆の接触/禅の民衆化/盤珪和尚の不生禅/盤珪の説法/不生の仏心/人のための修行/白隠の民衆教化
  • 第十七章 禅者の涙
    • 弟子の踏み台となる/女を抱く/病者の慰問/手荒な慈悲/下座行
  • 第十八章 呵々大笑
    • 常識を超える/一回、死に切る/呵々大笑/禅僧の機知/頓知の一休/仙厓和尚の面目
  • 終章 わが師 南明和尚の深恩
    • 如法綿密の人/枯淡質朴の生活/返せぬ大恩
  • 主たる引用文献
  • あとがき

著者プロフィール

西村 惠信(にしむら えしん)

1933年滋賀県に生まれる。花園大学仏教学部卒業後、南禅僧堂柴山全慶老師に参禅。1960年米国ペンデルヒル宗教研究所に留学し、キリスト教を研究。1970年京都大学大学院博士課程修了。文学博士。元花園大学学長、前禅文化研究所所長。2018年、(公財)仏教伝道協会より第52回仏教伝道文化賞を受賞。三余居と号す。著書に『己事究明の思想と方法』(法藏館)、『無門関』(岩波文庫)、『禅坊主の後ろ髪』、『無門関プロムナード』、『臨済録をめぐる断章』、『十牛図―もうひとつの読み方』、『禅語に学ぶ―生き方。死に方。』および『同』向上編、『維摩経ファンタジー』(以上、禅文化研究所)ほか多数。


このエントリーをはてなブックマークに追加

ページの先頭に戻る